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ベーコンの経験論と帰納主義の伝統

フランスの デカルト(René Descarte, 1596-1650) は伝統的学問に対して懐疑的立場を取り、疑い得ない明証的なものから理性によって演繹したものこそ真理であると考え、アリストテレスの伝統である経験事実に即した個別的事物の全体的理解を原則とする目的論的自然観に対して、数学的に抽象された匿名的な対象を実在とする因果的機械論的自然観を確立させることで、古典力学の進むべき道を掃き清めたと云える。

一方、イギリスの ベーコン(Fransi Bacon, 1561-1626) は、アリストテレス以来の演繹法を、独断的前提に基づいた特殊な事実を述べているだけであると考え、多くの事実の間の共通本質を求める帰納法を科学的態度であると提唱した。以来、イギリス経験論は、 John Locke (1632-1704)George Berkeley (1685-1753)David Hume (1711-76) に継承されていき、帰納主義と懐疑主義の伝統を形作って行く。

ベーコンの帰納主義は、『ノヴム・オルガヌム』(Novum organum, 1620)に著されている。ここでは、帰納法が正しく働き、適切な共通本質が得られるためには、先入観を排除することが重要である。彼によると、人間は、4つの「イドラ」(Idola)に支配されている;

  1. 種族のイドラ:idola tribus
  2. 洞窟のイドラ:idola specus
  3. 広場(市場)のイドラ:idola fori
  4. 劇場のイドラ:idola theatri

このような4つのイドラを十分に自覚し、これらを取り除くことで初めて得られる、偏見に濁らない「純粋な経験」を、目的を持って積極的に集め、そこから共通本質を求める。

この目的意識を持って、純粋な経験を集める作業が、実験であるとされ、複雑に錯綜した自然を分解し、その単純成分において考察しなければならないと述べている。これはまさに、ガリレイの思考実験そのものである。さらに、これは組織化され、順序だてて行われなければならないとされる。この研究所構想は、イギリスの王立協会、フランスの王立科学アカデミー、イタリアの実験アカデミアとして結実する。

以降、経験的に疑い得ない法則を帰納し、そこから演繹的に理論を構成すると云う方法が主流となり、何れを重視するかにおいて、経験論的帰納主義者と合理論的演繹主義者が対立する。

Sir Isaac Newton (1643-1727) は自身の科学的態度を実験哲学であるとみなし、ベーコンの帰納法を推奨した。彼は、実験から引き出し得ないものは全て仮説であるとみなし、「我は仮説を作らず」と標榜した。一方、 Gottfried Wilhelm Leibniz (1646-1716) は根本原理から演繹された命題を真であるとする合理論の立場を取っていた。しかし、合理論のよってたつ接触作用(デカルトの渦動理論)がニュートンの万有引力に敗北して以来、経験論的帰納主義が主流となる。

帰納主義は解析力学と啓蒙主義思想家の Jean Le Rond d'Alembert (1717-1783)、電磁現象の Andre Marie Ampére (1775-1836)、熱伝導現象の記述によってフーリエ級数展開を開発した J. Fourier らによって科学方法論の主流として受け継がれていく。そして、社会学の祖とされる コント(Auguste Comte, 1798-1875) によって哲学的なフランス実証主義へと収斂する。

コントによれば、人類知識の発展は、神学的段階、形而上学的段階、実証的段階の3段階に分けられると主張し、これに応じて社会的進歩も、軍事的、法律的、産業的段階を経ると考えられた。

物理学におけるこの流れは、機械論的自然観、力学的世界観と歩を共にして、近代物理学の発展を強力に牽引したと断言できる。しかし、既成の実験事実から帰納法によって得られた法則も、高度であればそれだけ新たな現象を予測する能力を持ち、その全てを説明できるとは限らないと云う点では仮説であり、また、法則の抽出自体も、今日で云う作業仮説無くしては実験事実からは得られないと云う点に注意しておく必要がある。なにしろ、力学的世界観自体が、ドグマであって、実証的でないのは歴史が示すところであり、 T. S. クーン の文脈で云えば、強力なパラダイムとして機能していたと云える。

実証主義の流れはその後、現象論、経験主義と絡み合いながら受け継がれ、そして19世紀に至り、現代的意味での「科学」、「科学者」が自然哲学から分化していく。この流れで最初の科学史、科学哲学を担ったのが、十九世紀中葉の科学者、哲学者であり、それを代表するのが、現象論的還元主義とマッハ原理の Ernst Mach (1838-1916)。そしてウィーン学団 の論理実証主義へと続いていく。

ウィーンの E. マッハが提唱する現象論的還元主義は、ニュートン力学の絶対時間と絶対空間の概念が形而上的な空想物に過ぎず、また質量や運動法則が循環論的であり、操作主義的にしか定義できないことを示した。しかし、この流れ全体に云えることだが、帰納主義を標榜したニュートンがマッハによって批判されたように、実際には還元論的思想を担った科学者自身の業績は還元主義的ではなく、事実、仮説の導入無くしては有り得なかった。マッハによるマッハ原理自体が還元主義的ではないと解釈することも出来るし、狭い意味ではまさにそのとおりである。


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SUGAI, Manabu.
13th/Mar./2000
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